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大阪ガラス発祥の地・天満の歴史

大阪天満宮正門脇に「ガラス発祥の地」の碑があり、
江戸時代に長崎のガラス商人、播磨屋久兵衛はオランダ人が長崎に伝えたガラス製法を学び、
大阪に持ち込み大阪天満宮近くで作っていたと言われています。

現在の与力町・同心界隈を中心にガラス工場が増えていき、
大阪のガラス産業は急速に膨張します。その業者の数は東京を凌いでいたとの記述もあります。
(ちなみに、ガラスのビー玉がはじめて国産化されたのも大阪市北区です。)

近年は国内の競争や安い輸入品に押されて、
隆盛を誇った大阪のガラス産業も衰退し、
今では「大阪ガラス発祥之地」天満界隈からガラス工場はほとんど姿を消してしまいました。

ガラスの町、北区同心で老舗工場であった「宇良硝子加工所」を
「切子工房RAU」と名称を改め、
宇良武一氏が今までにない技法で作られた切子をガラスの町天満への想いを込め、
「天満切子」と命名しました。

切子工房RAUの歴史

昭和8年(1933年)
宇良宗三郎氏が、北区天神橋四丁目で「宇良硝子加工所」を創業
昭和25年(1950年)
北区与力町(現在の北区同心一丁目)に工場を移転
昭和35年(1960年)
宇良兄弟(兄:栄一氏/弟:武一氏)に事業が引き継がれる
昭和55年(1980年)
日本最大のガラス商社であったカメイ ガラス:亀井節治社長の指揮下で薩摩切子復刻に携わる。
平成10年(1998年)
屋号を「切子工房RAU」と改め宇良武一氏が薩摩切子制作の技法を活用した
オリジナルブランドRAU-COLLECTION (ラウ-コレクション)の制作・販売を開始。
同時期に切子教室開講して人財育成を始める。
平成12年(2000年)
オリジナルブランド「天満切子」の制作・販売を開始する
平成15年(2003年)
大阪府より「技能顕功章」を授与される
平成27年(2015年)
宇良孝次氏に事業が引き継がれる
平成29年(2017年)
天満切子Gallery(直営ショップ)オープン
第59回 日本工芸公募展で「大阪市長賞」を受賞
平成31年(2019年)
天満切子株式会社を設立
オリジナルブランド「ラウ-コレクション」の天満切子の作品

RAU-COLLECTIONから天満切子へ

切子工房RAUの初期に作られた
オリジナルブランド
RAU-COLLECTION (ラウ-コレクション)は、
薩摩切子に使われる上質で厚みのあるガラス生地に
蒲鉾掘り(U字掘り)を施した切子であり、
当時は非常に高価な切子でした。

後にRAU-COLLECTIONに新たな技法を加え、
天満切子を完成させることとなります。

RAU-COLLECTIONは作られていた期間が短かかった事から
現存する物は少なく、
創業家である宇良家にも数点しか残ってません。

代々の作者名「武山」が押された箱と天満切子グラス

天満切子と武山(ぶざん)

天満切子が完成された頃から宇良武一氏は
作者として「武山」の名で制作にあたり、
桐箱に「武山」の名を記すようになりました。

切子工房RAUでは、
天満切子の生みの親である「武山」の名を継承しており、
現在は初代 武山(宇良武一氏)と共に、
天満切子の企画・制作を行い、その技術を継承された
二代 武山(松本斉久氏)が
天満切子の制作及び技術指導を行っています。

切子工房RAUは、初代 武山の志を引き継ぎ、厳選されたシンプル且つ美しい天満切子のみに「武山」の印を押し、お客様へお届けしております。